正論は気持ちいい。なぜなら絶対に負けないから。誰でも簡単に相手を論破できるし、なんか俺できる感も生まれてくる。だがそこには人の心を離れさせていく力もある。
先日あった話だ。
フリーのお客さんというものがいる。いわゆる「指名なしなので、誰でもいいです」ってやつである。
そのお客さんのカルテが入力されてないとかなんとかを上が下に対して言っていたわけだ。
お客さんの情報は共有したほうが店のためになる。んっん〜正論だなこれは。
だがまあ、ここにいろんな背景を追加していくとまた話が違って見えてくる。
- 最近スタッフが退社して売上は減っている
- なぜかフリーには入らない方針だった社長が入るようになった
- カルテを書いてなかった社員は、フリーを回されることが多かった
- フリー客は突然連絡してくるような来店周期の長い人
- カルテ記入は業務時間外にやらざるを得ないため、時間を奪う作業である
まあこうやってみると、正論とはいえちょっと無理やりである点も見えてくる。
今まで自分はフリーやらなかったくせに、入るようになったらイチャモンつけてるような感じだ。そしてここが肝心なことでもあるが、フリー客には売上バックがほぼつかない。
ほぼつかないというのは「条件次第ではつく」という感じだが、個人的体感では無きに等しい。(故に自分はフリーに入らないように工夫している。はっきり言って時間と労力の無駄だからだ。)
こんなカス同然の条件に対して、「カルテを共有しろ、情報を残せ」なんてよく言えたもんだなと思う。
正論を言いたくなったら背景にある事情を考えよ
ここで大事なのは正論を言いたくなったときの想像力である。
なぜこういうことが起こるのか?その事情を考えないといけない。スタッフの気持ちになって考えられない経営者はさっさと辞めていちプレーヤーに戻るべきだと思っている。
詰められた彼は近いうちに辞めるだろう。そんな雰囲気を感じる。
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