「私の好みではなかった」
それで片付けられるならそれでいいのだが個人的にはなぜ好みではないのかをはっきりさせたい。言語化したい。だからこそこんなブログを書いている。
色々考えてるうちにジェイソン・ステイサムのことを思い出した。
ジェイソン・ステイサムの映画はいつもパターンが同じで、「引退した元軍人(元特殊部隊員)の身近な人に悪い人たちが何かして、その悪者グループを一通り無双して壊滅させる」というものが多い。このパターンを外れると違和感を覚えるはずで、それが好みじゃない現象に繋がる可能性はある。今回もそうではないのか?
いつもは露伴が好奇心で首を突っ込み危ない目に合う。そしてヘブンズドアーで切り抜けるというお決まりのパターンがあるが、今回は主人公がそもそも違うしヘブンズドアーもない。
能力がないということは個人の掘り下げがいつもより圧倒的に足りないというコトでもある。
あの兄妹の過去や思想、漫画に対する想いはおそらくヘブンズドアーでなければ読み取れないのだが、今回はそれがない。
だが、ある意味わざと「不明瞭な部分」を多くしたのが今回のドラマなのかもしれない。逆に言うといつもは「見えすぎ、読みすぎている」
それがないから今回はなんだか物足りないというか、薄く感じるというか、そんな感想を持ったのかもしれない。
ブチャラティは父親のエピソードが泣ければ麻薬を憎む思いが伝わらないし、花京院の「ハイエロファントが見えないやつは友達じゃない論」もプッチ神父のスタンド発現時エピソード(ペルラとウェザーの件)もそうだが、過去を回想として読者に見せることによって深みが増していたということはたしかにあるし、僕はそういうのに弱いのだろう。
ヘブンズドアーがないならないなりに、「こんな事があったのかな?」という想像を掻き立てる要素があればもう少し良かったのかもしれない。過去のエピソードなのか、写真なのか、日記なのか、何らかの記録なのか、何がベストかはわからないが。
- なぜスタンド能力が発現したのか
- いつからか
- なぜ「漫画」なのか
- いつどんなきっかけで能力に気づいたのか
- 兄妹の関係性
- どういういきさつで舌を食べたのか
- いい声の基準とはなんなのか
- そこまで会話に拘る理由
- 能力の詳細
- 支配能力も付与されているのか
- 兄は納得しているのか
- 生い立ち、家族、過去にあった辛いこと
ぱっと思いつく限りこんなところで、詳細を話すようなキャラではないから難しいとは思うけど・・・
この辺を上手く小出しにすると個人的には嬉しかったかな。ここを掘り下げられるのは露伴だが露伴を出すと話が崩壊してしまうのでできないというなんとももどかしいことだ。
とはいえ、「ホラーがやりたいんだな」ってことは伝わってきたし、そこを考えたらいろいろ説明っぽい演出も不要といえば不要だし、意味わかんないからこその怖さってのもあるので。なんだか色々意味わかんなくて不気味で怖い話だったなあ・・・と思ったならそれはそれで成功なのかもしれないな。
初期設定テーマが「コピペ問題」なのか「会話」なのか「ちぐはぐという奇妙さ」なのかで考え方も変わってくるんだけど、ここはどうだったのか、ぜひ荒木先生に聞いてみたいなあと思う。
